ゆめのある子応援日記

日南市移住、れろのブログ

修善寺の城攻め

3連休の2日目。今日は静岡県修善寺で、2つの山城を登りましたo(`▽´)o

柏久保城

柏久保城は北条早雲が、中伊豆の狩野氏を攻めるための拠点として築いたとされています。もともと柏久保城は狩野氏の狩野城の支城で、北条早雲が攻め落とし、狩野氏を攻める拠点にしたという説もあります。

山頂の柏久保城の本曲輪(城の中心部)。土塁が南側に一直線に残されています。

柏久保城のある山を遠くから眺める。

城主:狩野氏、北条氏 場所:静岡県伊豆市柏久保

修善寺

修善寺城は伊豆に逃れた畠山国清鎌倉公方足利基氏に対抗するために築いた山城。

修善寺の町を見下ろす城山の山頂にあります。

山頂の本丸跡には、なんと井戸が残っています。

修善寺城からの景色。眺望がなかなか良いです。

城主:畠山国清 場所:静岡県伊豆市修善寺

源範頼の墓


範頼は鎌倉初期の武将で、源義朝の6男。いろいろな経緯があり源頼朝に疑われ、修善寺に幽閉される。その後自害したそうです。
お墓は大きな五輪塔でした。

源頼家の墓


頼家は鎌倉幕府2代将軍です。なんで修善寺温泉に墓があるのかなと思ったら、源頼家修善寺温泉で入浴中、執権・北条氏の手の者に暗殺されたのだそう。温泉入浴中に死んだ武将って多いような。島原城の初代城主だった松倉重政小浜温泉入浴中に急死でしたね。でもあれは急死ではなく、キリシタン弾圧による恨みでキリシタンに暗殺されたと見たほうがいいけどね。