宮崎市青島にある紫波洲崎城に行ってきました。紫波洲崎城は伊東四十八城の1つで城主は河崎上総府でした。戦国時代の伊東氏豊後落ちに伴い紫波洲崎城は島津氏に攻められ、城主の河崎良武(上総府の子)一族は自刃し果てたといわれます。
上写真は紫波洲崎城の山の遠望。城山公園となり山頂の主郭には仏舎利塔が建ち青島では目立つ山です。
縄張り図。主郭から北西、南西方面に曲輪が展開されています。南西側には土塁、虎口、土橋、石垣の遺構が見られる曲輪があります。
L字型の主郭。
主郭にある仏舎利塔。
北西の曲輪4と主郭の間の堀切状の地形。
堀切の主郭側には石垣が見られます。
北西の曲輪4。展望台があります。
主郭と南西の曲輪2の間の空堀。
南西の曲輪2の虎口。
曲輪2内から見た虎口。
曲輪2虎口脇の土塁。
曲輪2の土塁。
曲輪2の南西にある土壇。ここからスロープのように曲輪3まで道が続きます。
途中の土橋。
反対から見た土橋。
曲輪3入口。
曲輪3入口脇にある石垣。
曲輪3内部には石像が祀られています。
本丸の展望所からの景色。
説明板。
青島から見た紫波洲崎城の遠望。
紫波洲崎城の位置。