ゆめのある子応援日記

日南市移住、れろのブログ

尾和谷城

先週、散策した諫早市の尾和谷城(または大渡野城とも)を紹介しますo(`▽´)o

尾和谷城は、諫早の西郷純尭の家臣・大渡野軍兵衛の居城です。大村方面への最前線を守る諫早城の支城でした。
諫早から大村へ向かう道路の途中、「本野入り口」交差点を右折すると尾和谷城のあった山が見えます。きぼうの里へいくときも、通りましたね。

山を登ると「開」という地区で、尾和谷城のあったといわれる場所は、上の画像の森になっている部分です。この付近を散策しましたが、城跡の明瞭な遺構はなかったです。でも、戦国時代に大渡野軍兵衛という武将がいて、ここにその城があったのは間違いないようです。

大渡野軍兵衛の碑


近くには、尾和谷城主の大渡野軍兵衛(尾和谷軍兵衛)をまつる碑が家の前に建っています。近くの人に聞いたところ、子孫の方がたてた供養塔だそう。

大渡野軍兵衛は、武雄の後藤貴明、平戸の松浦隆信、諫早の西郷純尭の連合軍が大村純忠を攻めた「三騎七篭り」の戦いに、西郷氏の総大将として出陣。
大村純忠の三城城を包囲し、戦況は連合軍の優勢でしたが、大渡野軍兵衛は大村方の奇策にあい、重症を負ってしまいます。西郷勢の陣は大混乱し諫早へ敗走。その乱戦の中、大渡野軍兵衛は討ち死にしてしまいます。

城主:大渡野氏
場所:長崎県諌早市下大渡野町