ゆめのある子応援日記

日南市移住、れろのブログ

西郷氏ゆかりの史跡

9/16〜9/19に諫早と大村で巡った西郷氏の史跡を紹介しまするφ(゚∀゚ )
諫早の西郷氏は尚善、純久、純堯、信尚と4代続いています。もとは島原の有馬氏の重臣だったのが戦国時代の西郷純堯のときに有馬氏から独立。

諫早城(諫早市高城町


戦国時代に諫早を治めた西郷氏の居城。ウチが泊まってたホテルからパシャリ〜。中央の小山が諫早城です。

陣の辻古戦場(諫早市小川町)


1587年に西郷信尚は豊臣秀吉九州征伐に参陣しなかったため諫早の領地を没収されます。後に竜造寺家晴が領主となるも、西郷氏は諫早城に篭り領地を立ち退かないため合戦となる。竜造寺の大軍の前に、西郷氏は諫早城を追われ、この陣の辻で西郷勢は最後の戦いに挑むも敗北。諫早を100年以上治めた西郷氏は滅亡してしまいます。

陣の辻古戦場から見る景色。遠くには諫早城も見えまする。西郷信尚は平戸に落ち延びたと伝わっています。

大渡野軍兵衛の鎮魂碑(大村市三城町)


大渡野軍兵衛は西郷氏の重臣
1572年に西郷純堯が大村純忠の三城城を攻めた「三城七騎篭り」の戦い。この大村攻めで大渡野軍兵衛は、諫早の西郷勢を率いて総大将として出陣しますが討ち死にしてしまいます。
大村純忠の居城であった三城城の近くに鎮魂碑があり、その横には軍兵衛の首を置いたとされる石が祀ってあります。

沖城(諫早市仲沖町)


諫早城の支城ですが、現在は一面水田になって何も残されていません。