日南市大字平野にある城戸元(隈谷方面から撮影)
隈谷と油津を隔てる標高214.8mの山に「城戸元(きどもと)」という城跡があります。この城戸元がある山は日南市の吾田、油津、隈谷のどこからでも見える高い山。宮崎県中近世城館跡緊急分布調査報告書や日南市教育委員会の歴史まちあるきマップに記載のある城跡です。
日南市教育委員会の歴史まちあるきマップより。
城戸元の登山ルート。隈谷から日南家具工芸社を目印にその先を進みます。城戸元と南の山を結ぶ尾根に出ると道が2つに分かれますので左に曲がり、城戸元の山の尾根脇の道をあがります。さらに2つに分かれる道があるので左に曲がります。
左に曲がるとこの場所に出ます。ここをまっすぐではなく、右に曲がり山の中に入ります。ここから入ると城戸元の山頂まで段々の曲輪(帯曲輪群)が続きます。写真では見えませんが右の藪の中にちゃんと日南市地籍調査の杭があります。
城戸元の城郭範囲図。歩いて城郭遺構らしきものがあった場所にアルファベットを振っています。山頂は広い曲輪になっていますが、倒木があったり藪で覆われていました。
山の中に入ると帯曲輪群があらわれます。B地点のあたり。
下の方は畑地として使われていた形跡がありそのときに造成された可能性もあります。
B地点の帯曲輪群を上から。
さらに上に上がり帯曲輪群をみる。写真では伝わりにくいですが、4段になっています。
A地点の下の方の帯曲輪。ここから山頂まで段々に曲輪が続きます。
A地点の帯曲輪群の途中に石積らしきものあり。
A地点の帯曲輪群。下から見ても段々になってるのがわかります!山頂はこの先です。
城戸元の山頂。主郭と思われる曲輪です。三角点付近のD地点あたり。東側には土塁がみえます。
D地点にある土塁。
山頂C地点あたり。主郭南東隅に巨石が転がる。
山頂F地点あたり。主郭北東隅にも巨石があります。
山頂の東側に広がるE地点の帯曲輪。D地点の土塁を越えて一段したの曲輪からE地点の帯曲輪を見たところ。
E地点の帯曲輪に降りて主郭方面に帯曲輪を見ると下の方に石積らしきものがあります。
E地点の帯曲輪にある石積。
G地点あたり。城戸元の山頂の北側尾根にある遺構らしきもの。
H地点あたり。東側に土塁らしき高まりが見られます。
城戸元の山の字名に城館に関係する地名が残っていることから城跡と伝承されている城で、詳細がわからない謎の山城。
広い山頂に一段高い曲輪があり東側には土塁、そして石積に使われていたとおぼしき巨石が転がっていました。山頂のまわりにも石積らしきものが残っています。
城戸(きど)という言葉は城郭の出入口や町の要所に設けられた門を意味することから、城戸元の西側を通る猫坂(昔の南郷方面に向かう鵜戸街道)の人の出入りを監視するための山城だったのかもしれませんね。
隈谷の景色。左の山が城戸元。右側の山と尾根でつながっていますが、隈谷から尾根を越える山道が通っていて油津の桜ヶ丘や上平野方面にいくことができます。昔の人が隈谷から油津に行くときに使っていた道ですが、いまは使う人もいなく山道は藪で荒れています。