宮崎県日向市にある伊東48城の1つ日知屋城にいってきました😁
日知屋城は伊勢ヶ浜の南の半島に築かれた城で、城主の伊東祐邑(すけむら)が暗殺された場所です。隣には有名な大御神社があります✨
大御神社からみる日知屋城の山。三方は海に囲まれ岩崖となっており、要害堅固な場所に築かれたのがわかります。
日知屋城の縄張り図。
唯一陸続きの日知屋城の入口を守る堀切。岩盤を削った堀切はすごい。
堀切を越えた敵を迎え討つための西の曲輪。発掘調査で囲炉裏が発見されたそう。
西の曲輪の上の曲輪に向かう石段にある石垣。
石段を登ったとこにある曲輪。土塁が見られます。
土塁には石垣があります。
虎口の跡
虎口には模擬門があり雰囲気を出しています。
本丸に向かう石段の石垣
日知屋城の本丸跡
本丸入口に残る石垣。この上は櫓台風な曲輪がありました。
本丸から東の曲輪に向かう通路にも石垣が続きます。
東の曲輪。石垣の土塁があります。
東曲輪の土塁。石垣がめぐります。
日知屋城から見る日向灘
1486年 日知屋城主の伊東祐邑(すけむら)がこの城で、都於郡の伊東氏からの刺客に暗殺される事件がありました。
事の発端は、1485年の伊東祐国(すけくに)の飫肥攻め。
飫肥城主 新納忠続(島津家臣)を攻めるため、伊東家の12代当主伊東祐国と、その弟の祐邑が出陣しますが。現在の飫肥の楠原で激戦となり、当主の伊東祐国がまさかの戦死!!!
祐邑は日知屋城に無事帰ります、、
伊東家の跡継ぎは祐国の子、伊東尹祐(ただすけ)が13代当主となりますが、幼少であったため
祐邑が伊東家の家督を奪うのではという噂が広がり、尹祐派の家臣が日知屋城に刺客を送り、早朝、祐邑が日知屋城の庭に出たところ斬殺。
それ以来、伊東祐邑の怨霊が出るといわれるお城😳
日知屋城は山の中に散策コースが整備されていて夏でも快適に歩くことができます。本丸、東の曲輪、西の曲輪で構成されてますが、城のいたるところに石垣が良好に残されています。素晴らしいお城でした。
日知屋城内にある伊東祐邑の供養碑を参拝。
日知屋城のあとは鵜戸神社、大御神社にいきました(о´∀`о)